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エレキギター開発競争の中で登場したシグネチャー・モデル
ギブソンでは1940年代からフル・アコースティック・ギターにピックアップを取り付けたギターを販売していた。ギブソンにとって最初のソリッドギターが52年発売のレスポール・モデルだ。
歴史的にはフェンダーからブロードキャスター(現在のテレキャスター)が48年に発売され、その後を追う形だ。そのため、ギブソン社としても、安易にソリッド・ギターを作るのではなく、それまでの楽器メーカー「ギブソン」の名前に恥じないギターで、楽器製造のノウハウを盛り込みたかった、とされる。こうして生まれたレスポールは"ギブソンにしか作れないソリッド・ギター"だ。
ギブソン社とレス・ポール氏
レスポール・スタンダードの特徴
1952年に登場したレスポール・モデルは60年までシングル・カットのモデルだった。61年からは名前こそレスポールだが、実質的には、後にSGとなるギターにモデル・チェンジする。現在、一般にレスポール・スタンダードと呼ばれているのは、60年までのシングル・カットの時代のギターだ。
現在のギブソン カスタムのリイシュー・モデルでスタンダードの流れをざっくり紹介
現在、ギブソン カスタムでは、52~53年のリイシューはないので54年がスタートとなる。
Gibson Custom1954 Les Paul Goldtop Reissue VOS
実用性があるバー・ブリッジ&ラップアラウンド・テイルピースとP-90が特徴のモデル。弦の振動を太い2本のスタッドを介して、ボディに直接伝える。また、P-90のシングルコイルながらファットなサウンドは根強い人気と同時に若いファンも増えている。
Gibson Custom1956 Les Paul Goldtop Reissue VOS
正確なオクターブ・チューニングなどができるABR-1(アジャスタブル・ブリッジ)とストップ・バー・テイルピースを搭載したのが56年タイプの特徴だ。
Gibson Custom 1957 Les Paul Goldtop Reissue VOS
57年と58年の前期に存在するハムバッキング・ピックアップ(PAF)搭載のゴールドトップのリイシュー。
Gibson Custom 1958 Les Paul Standard Reissue
58年後期から登場するサンバースト。この年のモデルは赤の成分が抜けやすく、全体に黄色ぽく退色したモデルが多い。現在のリイシューでは様々なカラーが選べるが、上の写真では比較の都合上Lemon Burstという色が抜けたカラーを選んだ。リイシューではやや太めのネックを再現している。
Gibson Custom 1959 Les Paul Standard Reissue
バースト期の中でも最も人気が高い59年。ジミー・ペイジなどが愛用したことだけでなく、中庸なネック・グリップが多く、赤色が残り、鮮やかな個体、黒ずんだ個体など経年変化が異なるのも人気の理由だ。リイシューではその人気をバリエーションとして作り分けている。
Gibson Custom 1960 Les Paul Standard Reissue
バースト期の最終年。現存するギターの多くで赤色が鮮やかに残っており、リイシューでもその姿を再現。また、ネック・グリップが薄め(スリム・テーパーネック)なのも特徴。他に、ダブルリングのチューナーやシルバーのノブなどを使用。
マホガニー・ボディとメイプル・トップという合理的な構造
レスポール・モデルは当初、1機種だけだったが、アーチトップのスタンダードに加えカスタムが上級機として、また、フラットボディのジュニアとスペシャルに分岐する。中でも、スタンダードはマホガニー材のボディに、トップに厚めのメイプル材を貼り合わせた画期的な構造だ。
マホガニー材は、ギター用の木材の材では重量が軽め、ネック/ボディ問わず使える万能な木材だ。マホガニーのボディの上に、トップ材としてメイプル材を使用している。メイプルはマホガニーよりも重く、硬い木材だ。これにより、マホガニーの音の響きをメイプルで制御するという方式になっている。現在、ソリッド・ギター製作では、"鳴るボティ材、それを制御する固いトップ材"がボディを貼り合わせる際のセオリーになっているが、ギブソンでは初のソリッド・ギターで、この組み合わせを採用している。
参考までに、レスポール・カスタムはボディだけでなく、トップもマホガニーで作られている。音の違いの要素はボディ材だけではないが、カスタムはふくよかな音で、スタンダードは大音量の際にも芯があり、ダイナミックに聴こえることが多い。
シングルカットとセットネック
レスポールは、それまでのギブソンを強く意識してデザインされたため、シングルカットで、セットネック構造だ。この2つの要素こそ、レスポールの音を決定づける要素でもある。
上記2本のヴィンテージギターの詳細は「Duesenbergライブ“keep on knockin'”君はロックなんか聞く!? 」でご覧ください。
なお、フラットトップのジュニアとスペシャルのシングルカットもセットネックだが、独特のジョイント方式である。これはスタンダードより安い価格設定のため、製作工程を簡略化している。が、ポケットの横にもボディが残っている構造となっている。
上の写真は現在のオリジナル・コレクションのレスポール・ジュニア。ネック・ポケット横にボディがある。ネックをボディに差し込んでいる。(また、3本のボディ裏は面取り風にわずかにカットされており、プレイヤーの手が入りやすくなっている。)これは少しでもネックとボディが接する面積を増やそうというギブソン意地が垣間見える。
歴史がある楽器ブランドだからこそ、楽器としての良さを失わない姿勢が感じられる。
P-90またはハムバッキング・ピックアップを搭載
レスポールにはP-90またはPAFを始祖とするハムバッキング・ピックアップのいずれかが搭載される。
P-90はレスポールが発売される前のESシリーズから使われていたピックアップ。シングルコイルのシンプルな構造、ソープバーと呼ばれる外見が特徴。同じシングルの構造のフェンダー系が"トゥワンギー"と言われるシャープなサウンドなのに対し、P-90は高出力でファットなサウンドだ。歴史的にはレスポールには1956年まで搭載。後の再生産の際にはP-90を搭載するなど、いつの時代でも根強い人気がある。
ハムバッキング・ピックアップは1958年からレスポール・スタンダードに搭載されたピックアップの傑作PAF( Patent Applied For 特許出願中の意味)を始祖とするピックアップ。これはセス・ラヴァーとウォルター・フラーなどのギブソン社の開発陣が開発した。2つのシングルコイルPUを1組にし、ハムノイズをキャンセルする仕組みとなっている。
サウンドもシングルコイルに比べると高出力で太く、音の良さに特化したレスポールの相性は抜群に良い。現在のギブソンでは、ルックスは同じでも、マグネットの着磁、コイルのターン数などを変更。PAFの流れを汲むバーストバッカー / カスタムバッカー・シリーズや高出力の490R / 498Tなど、製品コンセプトに応じて使い分けをしている。
明快な操作で多彩なサウンドを生み出すコントロール
レスポールは2つのピックアップそれぞれにボリュームとトーンを装備した2ボリューム/2トーン。さらに、それらのピックアップの3つの組み合わせをワンタッチで切り替えられるコントロールだ。
また、レスポールが登場するまではエレクトリック化されたギターの多くが1PU仕様だった。レスポールは2つのピックアップを装備し、さらに、それぞれにボリュームとトーンでコントロールできることも画期的だった。PUをミックスした際には、2つのPU音量バランスでキャラクターが変わる。さらに3ウエイのトグル・スイッチで瞬時に切り替えできる。
バー・ブリッジと完璧な調整ができるチューンOマチック(ABR-1)
1952年に発売されたレスポールにはトラビーズ・ブリッジが搭載されていた。トラビーズ・ブリッジは画期的なブリッジだったが、ブリッジ上に右手を乗せてミュートできない欠点があった。そのため、54年にはバー・タイプのブリッジにモデル・チェンジされる。この際、ギター全体の構造も見直されている。現在のギブソン カスタムで再現されるヒストリックコレクションなどは54年モデルを起点としている。
バー・ブリッジは、ボディに直接、2本の太いスタッドでバー・タイプのブリッジを固定する仕組みだ。バー部分の形はトラビーズ・ブリッジに似ているが、ラップ・アラウンドという方式。これは弦をバーの上を経由させることで、右手でのミュートもできる。サウンド面でも弦の振動を2つの太いスタッドでボディトップに伝えている。この方式が生み出す音の良さは何物にも代えがたい。そして、ボディにスタッドを打ち込むというのは画期的な方式でもあった。
ただ、このブリッジでは各弦のイントネーションを正確に調整ができないのが難点だ。(最近はバー・ブリッジのサウンドを生かしつつ、より音程感を出せる改良型もある。)
そこで56年に登場したのが、チューンOマチック(ABR-1)のブリッジだ。
チューンOマチックは、イントネーション調整ができるABR-1ブリッジとボディトップに直接取り付けたバータイプのテイルピースという2つのパーツで構成されている。
これにより、
・各弦ごとの正確なオクターブ・チューニング
・自由度がある弦高調整
・弦のテンション調整
といった各種の調整に広く対応できるようになった。
チューンOマチック・ブリッジは現在に続くギブソンの多くのギターに採用されている。
曲面と立体感がモチーフの華麗なデザイン
レスポールはボディのアウトラインが円と曲面で構成されており、デザイン的にも安定感がある。もし、アウトラインを少しでも変更したら、多くの人は違和感を感じるだろう。それほど視覚的に完成したアウトラインだ。
さらに、トップもアーチ状の曲面で削り出されている。発売当初のレスポールは色がゴールドの一色だけだったが、ソリッドカラーでも、塗装に含まれている様々な素材で立体感を感じさせた。
レスポールの美しさをさらに際立たせたのは、メイプル材を使っていることだ。杢目が見えるサンバースト・カラーに色が変更されたことで、杢目という新しい価値感が加わった。メイプル材には独特の杢目を持つものがあり、さらに、それをアーチ状に加工するとさらに杢目が際立つことがある。また、外周部が赤いサンバーストは杢目を引き立てる効果があるカラーリングだ。
▲2020年製のギブソン カスタム 1959 Les Paul Standard VOS。ギブソンの最高級品にふさわしい美しい木材と塗装。トップの立体感は秀逸。
加えて、初期のサンバーストの赤色の塗料は退色しやすかったため、"天然のカラー・バリエーション"が生まれた。当初は偶然の産物または個体差だったが、80年頃のリイシュー・モデル以後は、トップ材の杢目のグレードやカラーを意図的にコントロールし、製品企画のアイテムともなっている。現在では、特別なモデルにはAAAクラスといった高級なメイプル、レジェンド・ギタリストのレプリカなど、色とりどりというにふさわしいバリエーションを構成している。
▼ギブソン カスタム 60th Anniversary 1960 Les Paul Standardの取材記事から。元々ヴィンテージでは1色だったが、現在のリイシューモデルでは様々な名称を持つカラーリング・モデルとして発売されている。トップの杢目とカラーの組み合わせで個性が生まれる。
少し唐突に掲載するが、2020年秋に登場したカスタム製のGoryo Yuto Les Paul Standardというシグネチャーモデル。アニメとのコラボで誕生したギターで、作中の"函館の海"を再現したカラーリング。
立体的な造形はブルー+キルトというコンテンポラリーな要素でも映える形状だ。ソリッドギターでこの立体的なトップを最初に発見したのは、レスポール・モデルである。
音を重視した構造なのでスタンダードは重い
レスポールは1950年代に開発されたにも関わらず、音質や美しさ、正確なチューニングなどで多くの人々を魅了するソリッドギターとなった。しかし、そのために犠牲になった要素もある。
スタンダードは他のソリッド・ギターに比べて重い。現行のスタンダードはおおむね4.0kg~4.5kg程度、カスタム製のもので3.6kg程度の個体もある。4kg以下のレスポールは軽いと言われる存在だ。ギブソンでは、後発で登場したギターたちはスタンダードとは逆に、構造的に軽いものばかりで、ジュニア/スペシャルなどの中には3kg程度のものもある。
61年にレスポール全体がモデルチェンジした際には、後にSGとなる全く別のギターとなった。それまでのシングルカットのレスポールの特性を、かたくなに守りたかったのだと思う。
現在はクラシックやモダンなどで幅広い対応しているものの、音について妥協をしない姿勢がレスポール スタンダードには貫かれている。ギブソンの歴史とプライドが詰まったオーセンティックな(真正の)エレクトリック・ギターがレスポールだ。
記事 : 森廣真紀 (ギタータウン)
協力 : G-Club Tokyo / Takumi (Duesenberg) & 57LP/60LP fromGuitar Collector 「Mr.Y」