2020年の今年、PRSでは35th Anniversaryモデルも登場し、楽器店店頭を賑わせている。今回、1986年製Customを本厚木のGuitar Tradesで見つけた。このギターには、35年間進化を続けるPRSの源流と言えるエッセンスがこのギターには豊富に含まれている。
エレクトリックギターに革命を起こしたポール・リード・スミスのカスタム
ポール・リード・スミス氏が工場でギターを量産し始めたのは1985年。そこで作られるギターはすぐに評判となった。翌86年半ばには、シリアルナンバー1000を達成する。ひと口に「量産・千本」と言っても、新興のギターブランドで、高額なギターということを考えると快挙といえる。これを成し遂げたのは、PRSのCustomが登場した時点で革命的存在だったからだ。今回は、ポール・リード・スミス氏のギターデザインにスポットを当ててレビューした。
今回取材したギターは1986年製の“Custom”、シリアルナンバーは1400番台だ。当時のCustomは全て24フレット仕様だった。後に22フレット仕様のCustom 22が登場したことで、このギターも現在ではCustom 24に分類される。
▲Paul Reed Smith Custom (1986年製)
木材へのこだわりと機能的なデザイン
Customのボディはマホガニー・ボディ+メイプル・トップで作られている。この組み合わせはアーチトップ・ソリッドの定番。マホガニーのリッチな音の響きを、メイプルで制御する効果があり、サウンドは高音から低音まで冴える組み合わせ。しかし、木材の質量の関係で、楽器としては重くなりがちなのが欠点でもある。
Customはホーン側が15フレット付近まで延びた"左右非対称 / ダブル・カッタウエイ・ボディ"だ。ボディのアウトラインはレスポールのようなシングル・カットより大きいが、ボディ厚を薄めに、トップ材はPU付近を残し、外周に近づくほど大胆にアーチ加工することで、重さを控えめにした。これらの工夫で、アーチトップ・ソリッドのサウンドを持ちながら、過度な重さにならず、立って弾いてもホールド性が高く、座って長時間弾いてもストレスが少ない重量バランスを実現している。
80年代中期時点では、現在の木材の輸出入規制がまだ実施されておらず、木材供給は比較的自由だった時代だ。このギターでも良質なマホガニーやメイプルが使われており、指板材はブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)がCustomの標準仕様だった。他のメーカーがカラフルなソリッドカラーを採用していた時代に、すでにPRSは杢目や機能によって選別した木材を適材適所に使用していた。PRSが時代を先取りしていたのか、他がPRSに追随したのかはわからないが、90年代のトラ目&キルトブームはPRSが火付け役となった。
このギターのヴィンテージ・イエローはPRSを代表する人気カラーで、生地着色、ニトロ・セルロース・ラッカーで塗装されている。さらに、バックのカラーもバーストなどを思わせる美しいカラーだ。このギターも自然に経年変化で、現在はやや薄くなっているが、風格が増している。
▲グラマラスで美しいトップ。アウトラインはやや大きめだが、アウトラインや厚み、トップのカットなど全体を考慮して、重量とバランスを取っている優れたデザインだ。
▲バックも美しい赤の染料を使用。初期のモデルではネック・ジョイントが現在と異なり、バックの半円部分が小さい。
25インチのスケールとネック
ネックのプロファイルは当時、ナット幅やグリップがわずかに異なるRegular / Wide Thin / Wide Fatの3種類が用意されていた。
PRSのCustomはスケールを25インチで設計している。しばしば、ギブソンとフェンダーの中間のスケールと言われるが、それは単に数値の説明に過ぎない。ギターに盛り込まれているテンションに関わる要素を考慮し、弾きやすさとサウンドを両立。それによってギタリストの評価が高まった。決して、長さだけの違いではない。ギター全体を見渡して生み出された新世代のスケールが25インチ・スケールと評価されるべきだ。
さらに、トラディショナルなブランドが21フレットまたは22フレットで、当時いくつかのブランドから24フレットのギターもリリースされていた。だが、あるギターではピックアップの間隔が近すぎたり、別のギターではアウトラインが不自然だったりするものが多かった。Customでは24フレットながら見た目も自然なアウトラインである。いずれデザインを主眼にCustom22との比較もしたいが、それは別の機会に譲る。いずれにせよ、現在では25インチ・スケールや24フレットのギターはかなり広まったが、ギターデザインでPRSのCustomが果たした役割は大きい。
当時のインレイは、このギターに使われているムーン・インレイが標準仕様で、現在のPRSのアイコンのバード・インレイはオプション設定だった。ムーン・インレイは一見ドット・ポジションに見えるが、ドットの中に月の満ち欠けを表現している。レーザーカッターが無かった時代ながら、手間がかかる細かい装飾をしていた。ポール氏のこだわりを感じる要素だ。
ピックアップとエレクトロニクス
ピックアップは“Standard Bridge" と "Treble“ を搭載している。この時期のコントロールは「ボリューム」と「(5ポジション)ロータリー・セレクター」と「スイート・スイッチ」という独特な構成だ。ロータリー・セレクターは2つのハムバッキングPUながら、シングルコイルを使ったハーフトーンやフェイズアウトなどにも対応する。スイート・スイッチは高域を抑えるプリセット・トーンの役割をしている。これらのポット類はボディに少しだけ埋め込まれる加工も施されている。
なお、ピックアップや配線など電気的な部分はポール・リード・スミス氏が大変こだわる部分である。そのため、Customはその後、何度も変更されて進化し続けている。
チューナーとブリッジ 正確なチューニングと安定
PRSは通常時のチューニングの安定性やトレモロ使用後のチューニングの回復などにもこだわっている。まずポール・リード・スミスは1981年にコンペンセイテッド・ナット(補正ナット)の特許を取得している。それに加えて、Customでは弦のボールエンドから先端までを無駄なく、できるだけ直線になるように設計している。というのもPRSはヘッドが独自のアウトラインだが、ナットからストリング・ポストまでがほぼ直線のコースを辿っている。それだけでなく、カム・スタイル・ロック・チューナーであるウィングド・ロックチューナーを開発し、ポストに弦をワンタッチで固定できるようにした。弦交換が容易なだけでなく、弦の緩みもない。このチューナーは現在Phase III Lockingに受け継がれているが、独特の形状のウィングド・ロックチューナーは初期型の象徴的アイコンとしてファンも多い。
▲ヘッド部にはポール・リード・スミス氏のこだわりが豊富に盛り込まれている。本モデルのブランドロゴはTM付きと呼ばれている。
オリジナルのPRSトレモロも重要なパーツだ。まず、アーム使用後にチューニングの狂いが生じにくいよう弦との接触部に角度を付けた構造は画期的だ。"サウンドやサステインなどを損なわず、アームダウン時のスムースに動作する"のは、今では当たり前の機能だ。しかし、80年代にはロックナット無しには使えないものやスムースに動作しないもの、錆びやすいもの、金属の突起が目立つなどのどこかマイナスポイントがあるトレモロユニットも多かった。当時、必要十分なアームダウン量、スムースな動き、エッジを加工したスムースな曲面、錆びにくい金属素材などを兼ね備えたユニットは少なく、PRSトレモロは当時、大変有用なトレモロブロックだった。
PRSのギターは、杢目やカラー、アーチ形状の美しさなどが注目されがちだ。もちろん、それらは重要な要素だ。しかし、ポール氏が提案したのはそういった見た目だけではない。ヴィンテージ・ギターなどに敬意を払いながらも、エレキギターの様々な要素を根本から見直し、コンテンポラリーな楽器としてデザインしたのである。この86年製のCustomを取材すると「なぜそのデザインなのか?」の必然性がある事柄ばかりで作られていることがわかる。そして、一般のギタリストは美しさの方に目を奪われる。それはまるで魔法かイリュージョンのように。このように最初からPRSは凄かったのだ。それと同時に今35年経って、仕様変更した部分には時代に合わせて進化しようとするPRSのイノベーターとしての性格を感じる。これらの機能的な要素や高級ギターとしての素質、時代背景を理解することで、PRSにもヴィンテージ的価値を見いだせるはずだ。PRS CustomはPRSだけでなく、広くコンテンポラリーなギターのマスターピースの存在と言えるだろう。
Custom
Bookmark協力店 : Guitar Traders
取材協力店
“Guitar Traders”
2019年でオープンから20周年を迎えたヴィンテージ・ギター専門店。常時300本以上のギターを在庫しており、名品と言われるヴィンテージ・ギターだけでなく、リーズナブルなアメリカン・ギターや国産中古ギターまでラインナップも豊富。そして、それらは丁寧にセットアップされた状態で店頭に出されている。
加えて、広々とした店内は大型試奏室も完備。様々なアンプと組み合わせて試奏もできる。代官山のGuitar Traders Tokyoだけでなく、ぜひ足を運びたいギターショップだ。
〒243-0014
神奈川県厚木市旭町1-22-20 ハラダ旭町ビル3F
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