コロナ禍はライブ興行を直撃した。他の多くの産業が経済活動を再開しているにも関わらず、ライブ関連産業は暗中模索の状態が続いている。しかし、この夏以降は営業を再開するライブハウスも増えてきた。F.A.D YOKOHAMA(以下、F.A.D)もそのひとつだ。F.A.Dのオーナー橋本 勝男 氏は慎重かつ紳士的な人物としてバンドマンなどから知られている。しばしば“考えられる感染防止対策を講じた上で”と語られるが、ライブハウスにとって、どんな方法が感染対策なのか?そして、新しい生活様式におけるライブとはどんなものかなどを訊いた。なお、インタビュー中にもあるように、コロナの感染状況とそれに伴う対策は日々変わっている。そのため、インタビューの記載内容は8月24日時点のものであることは予めお断りしておきたい。
▲橋本 勝男 / F.A.D YOKOHAMA(IMAGINE PLANNING代表) 兼 KAMINARI GUITARS(株式会社音響商会 代表取締役)
クラウドファンディングなども大きな力となりました。
-F.A.Dが営業を自粛したのは、いつからでしょうか?
2月の終わり、2月の27日から休業しています。
-早いですね。たしか有名女性アーチストのアニバーサリーライブが決行され、賛否両論になっていた頃ですね。F.A.Dは横浜の中心地で、施設も広いですから、約半年も閉めているのでは、資金繰りも相当大変だったでしょうね。
経済的な面では給付金もありましたし、金融機関からの緊急の借り入れもしています。しかし、それだけでは足りないのも事実です。そのためクラウドファンディングや支援Tシャツなどの施策もしました。最初に、これらにご協力いただいたミュージシャンやF.A.Dを愛してくださる皆さまには助けていただいたことにお礼を申し上げます。
-クラウドファンディングなどは反響があったのですか?
F.A.Dから巣立ったミュージシャンやひいきにしてくださる方々が金銭的支援だけでなく、情報の拡散もしていただき、それらが大きな反響をよびました。だからこそ、私はあらためて「F.A.Dを無くすわけにはいかないな」と思っています。ですが、あれだけの施設を動かすには相当の資金が必要ですし、金融機関に借りたお金はいずれ返さなくてはなりません。F.A.Dだけでなく、系列のギターショップである『KAMINARI GUITARS』にも力を入れて、その販売利益などでカバーして、コロナ禍が収束するまで頑張らなくてはなりません。
毎日、要請が変わってはこちらも対応できません。だから、その時々の拡大防止策をできるだけしつつライブ公演をします。
-営業はいつごろから再開しましたか?
今日(8月24日)時点ではまだ再開していません。ただし、以前からお付き合いがあるイベンターのライブをこれまでに数本しています。というのも、先方の強いお申し出でもあるのですが、こちらでも消毒をはじめとする感染対策をトライアルしなくてはなりませんので。
-その時の感染症対策はどのような内容でしたか?
もちろん消毒をはじめとするライブハウスとしての対策をした上で、公演もアコースティック・セット、椅子席、50人入場の入れ替え制などの内容でした。その際に、ご入場者には連絡先を書いていただくなど“もしも”の時のためのご協力をいただいています。
-F.A.Dでの現状の感染対策を具体的に教えてください。
現在は、施設の消毒。入場とドリンクのカウンターをしっかりとしたビニールでシールド。スタッフと関係者の検温や手洗いの実施。ご来場者にも入り口での検温と来場時のマスクの義務化。加えて、連絡先の記帳もしてもらうなどです。また、イベンターからの要望もあったのですが、入場時の様子をビデオ収録などもします。
-ビデオですか?
これは“もしも”の時に説明するために、イベンターの説明責任のための対策です。この辺は実際に公演してみないと気づかない盲点です。それと今後は椅子席でなく、スタンディングでの公演の方法も模索しています。いずれにしても、こちらとしては最善の感染症対策をして公演が、安全で、より円滑にできるようにしたいと思っています。
-最近だとライブの観覧には「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」への登録が必須になるような動きも見られます。ただ、これは国民みんなが利用しないと意味がありません。ライブハウス同士で対策の方法などの情報共有してないのですか?
実は、元々直接の横のつながりや情報共有は希薄です。だから、イベンターやミュージシャン、メディアの方々の情報やご要望を基に手探りしながらベストな方法をF.A.D独自に実施していきます。
-毎日のように政府や自治体の見解や指導(インタビューの同日/同時刻に、大規模イベントの5000人入場規制の延長が決定した)が変わるし、一般大衆のコロナへの認識も変わっていきますよね?
そうですね。要請が頻繁に変わってはこちらも対応できません。感染拡大防止にできるだけ協力するけど、何年もの間営業できないのでは私たちもミュージシャンも経済的に待てません。だから、その時々の拡大防止策をできるだけしながら、ライブ公演をします。
F.A.Dからの本格的な配信公演は10月ぐらいからの見込みです。
-もう一つ、今回のコロナ禍で音楽状況の大きな変化はライブ配信が一般化したことだと思いますが、F.A.Dではどのよう配信になりますか?
F.A.Dから独自に配信する方法は自粛期間の頃から研究をしています。すでに配信機材もかなり買い揃えました。先ほどお話ししたライブなども配信したものをF.A.Dチャンネルにアーカイブしています。F.A.Dチャンネルにはすでにチャンネル登録者が1300人以上いますので、有名なミュージシャンだけでなく、若いミュージシャンなどもそこで色々なことをするチャンスになると期待しています。ただし、ミュージシャンも収益化が伴わないとライブ興行は継続できません。そういったマネタイズの面では色々な方法があります。だから、こちら側だけでなく、ミュージシャン側の様子も並行して見ています。本格的な配信公演は10月ぐらいからの見込みです。
-F.A.Dチャンネルは面白そうですね。僕がF.A.DやKAMINARI GUITARSを応援している理由は橋本さんが横浜の音楽シーンの育成とリードをしているからです。今年、6月に予定されていたYokohama Music Style (YMS)が開催できなかったのはとても残念です。
YMSはコロナが落ち着いたら必ず再興します。ただ、その前にF.A.Dチャンネルを使って、似たことができればいいなとか思っています。YMSは横浜のミュージシャンが出演するライブだけでなく、新人の発掘やトークショーなどもありました。
-2019年1月のYMSはピーター・バラカンさんと鈴木 茂さんのトークショー&ギター演奏でしたね。あれは鮮明に憶えています。
ああいった要素もチャンネルから配信できれば面白いと思います。単にライブを配信するだけではない展開をF.A.Dチャンネルの強味にしたいと思っています。
Yokohama Music Style 2019
今後は「全てのことに妥協せず、力を絞って、やれることをやろう」と思っています。
-僕の意見ですけど、ライブハウスはただの会場レンタル業ではありません。というのも若いミュージシャンはライブハウスで鍛えられて巣立って行きます。そのプロセスに様々なストーリーや音楽シーンが生まれます。仮にコロナでお店がなくなって、誰か別の人が同じ会場を引き継いでも、そこからは別の音楽しか生まれない。F.A.Dでは若い頃の秦 基博さんが出演したり、彼も橋本さんが発掘したと聞いています。そういうストーリーもある。F.A.Dはオープンして長いですが、何年になりますか?
25年ですね。秦くんは高校時代から出演していました。その頃は3ピースでラウドなロックをしていました。彼の才能を見つけて、弾き語りを始めた頃に洋楽とかを薦めたりしたのは私です。当時の彼の曲には稚拙な部分もあったので色々アドバイスしました。彼も「僕の0を1にしてくれた」と感謝してくれているようです。彼とは今でも家族ぐるみのお付き合いが続いていて、私の甥っ子のような存在です。
▲KAMINARI店内には秦 基博のサイン入りKAMINARI GUITARSのSUNRISEやポスターがディスプレイされ、ファンの聖地となっている。
-なるほど。そういうことがライブハウスの社会的な役割のひとつだと思っています。F.A.Dをはじめ、ライブハウスにはなんとしてもコロナに勝ってもらいたいです。
今回のコロナ禍では色々なことを考えさせられました。特に「今まで私がやってきたことをしっかりやれてきたか」を自問自答すると、「そうでもなかったかもしれない」と思ってしまう部分もある。だからこそ、今後は「全てのことに妥協せず、力を絞って、やれることをやろう」と思っています。それはF.A.Dの再興だったり、KAMINARI GUITARSをインターナショナルにするとか。もちろん、日本の音楽シーンに協力したり、若いミュージシャンたちをフックアップしたいと思っています。なので、私自身もツイッターやインスタグラムのアカウントを持って、私自身が宣伝塔としての露出を増やそうかと思っています。今、60歳になるんですけど、70歳になるまでは走って行こうと思っています。
問い合わせ先
F.A.D YOKOHAMA